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2017年5月 1日 (月)

元号と同時代性

現在,天皇陛下が退位の意思を示されています。確定したら平成という元号が変わりますね。

2000年という西暦の節目だけでなく,昭和と平成という2つの暦の節目に立ち会うのはなんだか不思議な感じです。

私の場合は昭和世代と言っても最後の15年くらいですね。生きてる時間だけ見たら平成の時代の方が長くなりました。これもまた不思議な感覚です。平成生まれが大学に入るとか言っていたのが,もう10年くらい前と言うことになりますね。今の高校2~3年生が2000年生まれのなるのでしたか。

いやぁ,こうして挙げていくと,なんだか急に時代が進んだ感がありますね。自分が年をとったなという感覚はあったのですが,時代の変化が社会的に大きいのに,自分の周りでは意外と感じ取れていないものですね。

なぜそんなことを感じたかというと,こんな動画を見たからです。

今年は,比較的わかる元ネタが多かったのですが,前の年のものですと白黒テレビ初期のネタとか出てきて「わからねー」と突っ込む羽目になります。今回も一部ありましたが。

というかこのシリーズ毎年続けてもう9回目なんですね。

この動画のコメントの中に「いつか平成生まれと年寄り扱いされるのか」みたいなものがあったので,元号が変わるというのはやっぱり時代の象徴になるのかなぁ,とも感じました。

平安時代などは,縁起が悪いと元号を変えたりもしていたので,同時代性というのは元号とは一致はしないとは思うのですが,江戸時代などは同じように変更していたはずなのに「元禄」や「文化・文政」のように元号と同時代の文化のリンクが強く感じますね。これは歴史が近く資料が比較的多いためでしょうか。

元号は本来「明治」以降「大正」「昭和」「平成」とあくまで天皇の代替わりと付随するだけのものですが,なぜか同時代性をつよく感じる言葉になっていますね。昭和などは1950年代,60年代,70年代,80年代と,戦後だけでも時代が長かったため必ずしもリアルタイムの同時代性を表しているわけではないのですが,なぜか「昭和」という言葉に集約されていますね。

ラベリング的な時代性の捉え方なのか,本来バラバラなものを集約するためのキーワードとして便利なのか。いずれにしても時代の感覚というのは,わかっているようでわかりにくいのかもしれません。

今,接している時代の社会が後世にどう評価されるかというのは,特に「現代」を生きる私たちにとっては,重要度が低くなっているのかもしれません。後世に名を残してやろうという,気持ちというのはある程度「今」を生きることができているからこそのようにも感じます。

もちろんどの時代でも「生きる」ことが,多くの人の最重要課題だと思うのですが,以前とは違った意味で生きづらい時代なのかもしれませんね。

しかしアイドルマスターのプロデューサー(ファンのこと)はいったいどんな年齢層なんでしょう。昭和メドレーだと私くらいの年代はひよっこ扱いですからねぇ。もちろん若い子もいるはずなんですが,妙に「おっさん」,それどころか「お爺ちゃん」が多いように感じるのは,明らかにほかのオタクコンテンツと違います。Blu-rayを見ていたときに,観客の中に60代くらいの人が見えたときは目を疑いました。

言い換えれば,そういった層にも訴求できるからこそ10年も続いたのかもしれませんね。

だいぶ調子も良くなってきたので明日あたりはどこかでかけてみようかなと思います。

それではごきげんよう。

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